「あの人がいないと、回らない」
中小企業の社長が、いちばん口にしたくない言葉の一つだと思います。
経理の佐藤さん。営業の山田さん。製造現場の田中さん。
その人がいる前提で動いている業務が、社内のあちこちに存在する。本人が休んだ日、辞めると言い出した日、ふと社長が考える。
「このまま回るんだろうか」
属人化は、気づいた時にはもう深く根付いているもの。今日は、なぜそれが生まれるのか、なぜ解消されにくいのか、そしてどう抜けるのかを、現場で見てきた目線で書きます。
属人化が生まれる、3つの理由
属人化は怠慢から生まれるわけではありません。むしろ、その人が頑張ってきた結果として、自然に生まれます。
理由1 「最初に頼んだ人」がそのまま担当になった
業務が増えてきたタイミングで、「とりあえずこれ、やってくれる?」と頼んだ人が、そのまま担当に固定される。よくあるパターンです。
頼んだ側も頼まれた側も悪気はない。ただ、頼んだ業務を「マニュアル化する」という発想が、初期段階では誰の頭にもなかった。担当者は自分のやり方を磨き、効率化し、独自のルールを作っていく。数年経つと、手順はその人の頭の中にしか残っていません。
理由2 「マニュアルを書く時間」が業務を圧迫する
属人化に気づいた社長が、「マニュアル作っておいて」と頼む。担当者は「分かりました」と答える。でも、書かれない。
なぜか。マニュアルを書くこと自体が、本業に上乗せされる仕事だからです。日常業務に追われている担当者にとって、「今日できる業務 vs マニュアル整備」の選択は、必ず前者が勝ちます。1ヶ月経っても、半年経っても、マニュアルは進みません。
理由3 「分かる人がいない」ことが、その人の価値になる
これは口にしにくい話ですが、本人にとって「自分しか分からない」状態は、職場での存在意義にもなっています。意識的に独占しているわけではなくても、「私がいないと困る」という安心感は確かにある。
無意識のうちに、情報を共有しないインセンティブが働いてしまうケースがあります。
なぜ放置されてしまうのか
属人化のリスクを社長が頭で理解していても、実際の手は打たれない。これにも理由があります。
- 解消には時間がかかる(誰も「明日からマニュアルあります」とはならない)
- 担当者の業務を増やすことになる(嫌がられる、生産性が落ちる)
- お金にならない(売上は変わらない、現場は痛い)
- 緊急性が見えづらい(今は回っているから)
「いつか、やらないと」という意識のまま、数年が経つ。これも本当によく見るパターンです。
そして、ある日「あの人が辞める」という連絡が入ります。後任への引き継ぎ期間は2週間。マニュアルはない。手順は本人の頭の中。3年放置していたツケが、その2週間に圧縮されるのです。
解消の3ステップ
属人化を抜けるには、大それたことはしないほうがいい。これが私たちの基本姿勢です。
ステップ1 業務の「外形」を書き出す(本人ではなく、社長が)
最初の一歩は、業務マニュアルを作ることではありません。
担当者が忙しい中でマニュアルを書く構造そのものが破綻するからです。代わりに、社長(または管理者)が、外から見て分かる範囲で業務の流れを書き出す。
- 何を受け取って
- どこから情報を取って
- 何を判断して
- どこに渡すか
これだけで構いません。中身は知らなくていい。「インプットとアウトプット」だけ書き出す。これなら30分で済みます。
ステップ2 一番リスクの高い業務を1つだけ選ぶ
書き出した業務の中から、「この人がいなくなったら、本気で困る」業務を1つだけ選びます。
複数を一気に手をつけると失敗します。1つだけに集中して、そこだけ解消する。
ステップ3 その業務だけ、「他の人が分かる形」に作り替える
選んだ業務を、外から見える形に整理します。方法は3つあります。
- 書面化 簡単な業務なら、シンプルなマニュアルで十分
- ツール化 手順をシステム/Excel テンプレに落とす(再現性が一気に上がる)
- AI 化 判断を含む業務なら、過去の判断パターンを学習させる
ここで重要なのは、担当者本人と一緒に作ること。本人を排除するのではなく、本人の頭の中を外に出す手伝いをする。ここがこちらの役割です。
「あなたを置き換えるためではなく、あなたが安心して休めるようにするため」。この説明が、本人の協力を引き出します。
実例「営業の山田さんが辞める」と相談された会社
私たちがお手伝いした、ある B to B 営業の会社の話です。
「主力営業の山田さんが、年内に辞めることになった。彼の顧客対応は彼にしか分からない」。9月の相談でした。
やったこと:
- 過去2年分のメール・対応履歴をすべて整理
- AI に学習させ、「同じ顧客に、同じ温度で返信できる」AI アシスタントを構築
- 残った社員が、AI を起点に対応できるように手順化
11月までの2ヶ月で構築完了。山田さんが12月末に退職した後も、顧客対応の品質は落ちませんでした。
これは特殊な技術ではありません。過去の対応パターンという資産を、本人の頭の外に出したからです。
システム化が万能ではない、人を残す部分
ここまで「外に出す」話を書いてきましたが、誤解しないでください。全ての判断を機械に置き換えるべき、ではありません。
人の感性や経験が必要な業務(複雑な交渉、顧客との関係構築、新しい企画)は、人が担い続けるべきです。
属人化解消の本質は、「機械にできることは機械に、人にしかできないことは人に」を分けること。分け方さえできれば、人は重要な仕事に集中する時間を取り戻せます。
今、回っているうちに動く
属人化の解消は、「あの人が辞める日が決まった後」では遅いことが多い。引き継ぎ2週間で取り戻せる量には、限りがあります。
今、回っているうちに、1つだけでいいから外に出す。これを繰り返していくと、3年後の会社は別物になっています。
「うちにもベテランがいて、その人に頼り切っている業務がある。でも何から手をつけたら…」と感じていらっしゃるなら、まずは雑談ベースで構いません。業務の外形を一緒に書き出すところから、ご一緒できます。