こんにちは、山上です。

私は普段、AIを使いながら仕事を進めています。そのとき、隣にいる人がエンジニアでないことのほうが多い。だから、AIに何をやらせようとしているのか、なぜこの順番で進めるのか、いま何でつまずいているのかを、専門用語を使わず、たとえ話に置き換えて、できるだけかみ砕いて口で説明します。

これをやると、相手はたいてい「あ、そういうことか」と理解してくれます。その場では、それでちゃんと伝わります。

ただ、最近よく思います。この説明は毎回その場で消えてしまって、もったいない。

口で伝えたことは、その場で蒸発する

会社の中には、言葉になっていない前提が山ほどあります。なぜこの取引先だけ締め日が違うのか。なぜこの作業は二人で確認するのか。どういう案件は受けて、どういう案件は断るのか。こういう判断の基準は、たいてい誰かの頭の中にだけあって、必要なときに口で伝えられます。

口頭は速いし、その場では通じます。ただ、記録には残りません。同じことを来週も来月も、別の人に一から説明することになります。説明していた本人が抜ければ、その背景ごと失われます。いわゆる属人化は、つまるところ「大事な文脈が口頭のまま貯まっていない」状態のことだと思っています。

これまでは、それでもなんとか回ってきました。人が覚えていればよかったからです。ところが、AIを仕事に入れた瞬間、この「貯めていない」が急に効いてきます。

AIは、毎朝記憶を失う超優秀な新人

AIを、たとえ話で説明します。

AIは、世界中のことを知っている、とびきり優秀な新人だと思ってください。文章も書けるし計算も速い。ただし、弱点がひとつだけあります。毎朝出社するたびに、前日の記憶を失っています。

世の中の一般常識は持っています。でも、あなたの会社のことは何ひとつ知りません。昨日あなたが教えたことも、今朝にはまっさらです。だから毎回、ゼロから事情を説明することになります。

この新人に良い仕事をしてもらえるかどうかは、朝いちばんに渡す「事情を書いたメモ」の質で、ほぼ決まります。背景や判断の基準、過去の経緯がしっかり書かれていれば、新人はその通りに動いて、見違える仕事をします。逆にメモが薄ければ、どれだけ優秀でも見当違いの方向に進んでしまいます。

私が普段、人に向かって口でかみ砕いている説明は、まさにこの「新人に渡すメモ」の中身そのものです。口で言えているなら、文脈は自分の中にちゃんとあります。あとは、それを書いて残しているかどうかだけの違いでした。

価値の置き場所が、コードから文脈へ移った

少し前まで、作るうえで一番の関門は技術でした。動くものを形にできる人が強かったわけです。いまは、その手を動かす部分をAIがかなり肩代わりします。だから希少になったのは手の速さではなく、「何を、なぜ、どう作るか」を分かっている文脈のほうになりました。

AIは、渡された文脈の質で出力が決まります。同じ道具を使っても、自分の会社の事情を的確に渡せる人と、ふわっとした指示しか出せない人とで、出てくるものがまるで違う。前に書いたコラムで「基礎知識のある人ほどAIで伸びる」という話をしましたが、これはその続きです。基礎や文脈は、頭の中にあるだけでは半分しか効きません。書いて、何度でもAIに渡せる形にして、はじめて資産になります。

口頭の説明は、その一回で消えてしまいます。同じ内容を文章にして残しておけば、明日の自分にも、新しく入った社員にも、そしてAIにも、何度でも同じ品質で渡せます。一度書く手間をかけておけば、あとは何度でも使い回せます。これが情報資産という言葉の中身だと考えています。

いまから貯め始めた会社が、数年後に差をつける

やることは、大げさではありません。いつも口で説明している、その内容を書き起こすところからです。

たとえば、よくある問い合わせへの答え方。案件を受けるかどうかの判断基準。この業務はなぜこの手順なのか、という理由。完璧な文書にしようとしなくていい。話し言葉のまま、箇条書きでかまいません。大事なのは、頭の中にしかなかった前提を、外に出して置いておくことです。

これを少しずつ続けると、二つのことが起きます。ひとつは、AIに渡せる「事情メモ」がどんどん厚くなって、AIの仕事の精度が上がること。もうひとつは、その文脈が人にも引き継げるようになって、属人化がほどけていくこと。どちらも、いま書いておくほど、これからの自分たちが楽になります。

逆に、ここを口頭のまま放っておくと、AIをどれだけ入れても、毎回ゼロから事情を説明する作業から抜け出せません。道具は最新なのに、渡すメモがいつまでも薄いままだからです。

私たちNUXILが手伝っているのは、まさにこの部分です。お客様の頭の中にある文脈を、対話の中で引き出して、AIに効く形に整えていく。そのうえで、実際に動くものまで作る。何を貯めればいいのか分からない、という段階からご一緒できます。

毎回同じ説明を繰り返している実感があるなら、それは資産になる文脈が、口頭のまま眠っているサインかもしれません。どこから書き起こせばいいか、一緒に棚卸しするところから始められます。気軽に声をかけてください。